「認知のゆがみ」と「スキーマ」/スキーマを変える:アーロン・ベック
2017/12/27
レジリエンストレーニングに当たり前のように紹介されている手法ながら、その本質があまり理解されてないものを整理してみました。心理学の「認知革命」の巨人の一人であり、認知療法の基礎理論を明示化したアーロン・ベックの理論です。
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目次
「認知のゆがみ」の発見
精神科医であるアーロン・ベックは、ペンシルバニア大学で、はじめ「精神分析」について、研究していました。
そんな中、うつ病患者と接していると、物事のとらえ方(認知)が普通の人とは違うということに気づきました。
小さな失敗を、大げさに考え、ずっと引きずって悩み続けたり、その失敗によって、他のすべてのこともダメになってしまうと考えたりするというものです。
物事がうまくいっても、喜ぶことができず、「きっとすぐに悪いことが起きる」とか、「これは本当の自分ではない」などと考えてしまいます。
このようなうつ病患者特有の認知の仕方を、「認知のゆがみ」と呼びました。
これは、ダニエル・カーネマンのヒューリステックスのバイアス(ゆがみ)とは異なります。参考リンク:ノーベル賞を受賞したカーネマン博士の直感的思考と認知バイアスの話
認知は感覚だけでなく思考も含む
では、「認知」とはどのようなものでしょう。
臨床心理学では、物事をどのようにとらえていくか、そのとらえ方のことです。
五感を通した「知覚」も「認知」に含まれます。
「知覚」は何かを感じることですが、その感じ方は、どの人もまったく同じではありません。
例えば、同じ景色を見ていても、感じ方は人によって異なります。
そして、「認知」は、「知覚」だけでなく、思考や感情という「広い精神活動」を含みます。
この辺は、ABC理論と共通です。
代表的な「認知のゆがみ」
認知のゆがみは、アーロン・ベックに言わせると「体系的な推論の誤り」です。
1979年にアーロン・ベックの発表したのは6つでした。他にいろいろの研究者が発表しています。今回は13個ほど紹介します。
1. 完全思考・全か無か思考:(黒か白か思考、二分割思考):状況のグレーンゾーンがなく、物事を両極端、白か黒か、全か無か、のどちらで考える。
2.過度の一般化:その状態が永遠に続くと考える。
3.心のフィルター(選択的抽出):全体像を見る代わりに、一部の否定的な要素だけに着目する。
4. マイナス化思考:肯定的なことをたいしたことではないと、無視、軽視する。
5.結論の飛躍:「心の読みすぎ」勝手な否定的憶測。事態が悪くなっているだろうと予測する。
6.感情的理由つけ:自分がそう感じる(そう信じている)から、それが事実に違いないと思い込む。それに反する根拠を無視するか、低く見積もる。
7.過大解釈と過小評価:(拡大視/縮小視)自分の良いところを過小評価し、他人の良い所を過大評価する。
8. 「ねばならない」「べき思考」(命令的思考):自分や他人の振舞い方に、厳密で、固定的な理想を要求し,それが実現しないことを最悪視する。自分または他人を「~べき」「~べきでない」と批判する。
9.レッテル貼り:合理的な根拠を考慮せず、自分や他者に対して、固定的で包括的なレッテルを貼り、否定的結論を出す。
10.個人化(自己関連つけ):他者の否定的な振る舞いを、他の見方を考慮せずに、自分のせいだと思い込む。
11.破局視(運命の先読):他の可能性、特に現実的にありそうな可能性を考慮せず、未来を否定的に予言する。
12.心を読む:他のより現実的な可能性を考慮せず、他者が考えている内容を自分が分かっていると思い込む。
13. トンネル思考:状況に対して、否定的な側面しか見ない。
<レジリエンストレーニングでは、「思考の罠」として「認知のゆがみ」を前頭葉で考えられる再評価できるよう演習を構築しています:最下段参照>
「認知のゆがみ」は、うつ病の症状でもあり、うつがひどくなると、より強く表れます。
「認知のゆがみ」は、新たなストレスを作り出したり、ストレスの影響を長引かせたりします。そして、ストレスの蓄積量がその人の許容量を超えたとき、脳の機能低下が起きて、思考力や精神的エネルギーが欠乏し、うつ病が発生すると考えられています。
脳の機能低下の前に、身体の病気となることもあります。
スキーマとは?
「認知のゆがみ」の原因となるのが「スキーマ」と呼ばれるものです。
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心理学的には、「絶対的な信条」だとか「固定観念」、「心を規定するマスタープログラム」のような説明がされています。「スキーマ」は、ABC理論のビリーフBより深いもので、その土台となる思考法みたいなものです。それには「大脳辺外縁系の記憶」も含まれています。
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「大脳辺外縁系の記憶」についての参考リンク:ABC理論がレジリエンスに効果を発揮するための脳科学的説明
スキーマのイメージ図
私の「スキーマ」のイメージは、刺激という入り口から、感情や行動という出口に向かって、思考の度に線を重ねた束のようなものが経験を通じて出来上がり、その束がスキーマの原型となる感じです。
思考の度に線を、刺激から感情・行動へ一本引きます。しかし、必ずしも思考は直線ではありません。
思考の度に、幾重にも線を引いていけば、自然と重なり合うところもできてきます。
新たな刺激に対する思考は、重なり合ったところを通りやすくなるでしょうが、一様ではないでしょう。
この思考の線の束が、「スキーマ」のイメージで、一種の思考パターンみたいなものです。
「スキーマ」は、その人のさまざまな経験からつくられていきます。しかし、その大部分は無意識的なもので、どんなものなのか簡単には意識できません。
もっと当事者として主観的に自分のスキーマを表現すれば「自分の世界観」のようなものです。
スキーマを自動思考で発見
特に、うつ状態の時に「認知のゆがみ」として現れる「スキーマ」は、以前に、つらく苦しい体験をしたときに、無意識的にできあがったものです。それがどのようなものなのか、意識化するのは少々難しいです。
もちろん、「スキーマ」は、すべてが悪いもの、と言うわけではありません。
なかなか意識できない「スキーマ」ですが、自分の心の動きをよく観察すれば、自動思考として発見することができます。
「自動思考」とは、「勝手に浮かんできた思考」のことです。
例えば、「シロクマを、頭に浮かべないで下さい」と皆さんに呼びかけると、頭からシロクマが離れないという実験があります。これが、最もシンプルな自動思考です。(実は、「脳は文書の否定形はイメージできない」というねらいの実験です)
典型的な自動思考は、休暇を取った平日に、外を気軽な気持ちで散歩していると、ふと頭に浮かんで来るものがあります。「休んでいて、良いのだろうか?今のうちにしなくてはいけないことがあるはずだと考えた」と、いうような思考が「自動思考」です。
この場合、経験的に、「遊んだり楽しんだりすることは悪いことだ。一生懸命、働かなければならない」という「ルール」が自動思考に強く影響を与えた結果と考えられます。
これが「ルールブック」(スキーマ)の中にある一ページです。
うつ状態になると現れる「認知のゆがみ」
この人が、うつ状態になり、脳の機能が低下すると、それまで無意識で見えなかった「スキーマ」が表面に出てき、「平日は、休まずに仕事を続けるべきだ」という発想からの思考が多くなります。要は「認知のゆがみ」が多く現れるわけです。
脳の機能の低下というのは、精神分析で言う「自我」の弱体化で、意識上の自分自身が希薄になってしまう事と同じです。
[speech_bubble type="think" subtype="L1" icon="me.jpg" name="著者A"]自我は、自分の本能と道徳観のバランスをとって社会適応していく仲裁者の役割[/speech_bubble]
このように「自我」が弱まると、「自我」のもっとも特徴的な「首尾一貫性」がくずれ、それまで「自我」に押さえ込まれていた無意識のなかの「スキーマ」が「認知のゆがみ」として思考に度々現われてくるようになります。
そして、「認知のゆがみ」によって、さらにうつ状態が悪化すると、うつ病となってしまいます。
アダルト・チルドレンも「認知のゆがみ」の原因
何らかの原因で、パーソナリティの形成がうまくいかず、うつ状態でなくても、「自我」が弱まっている「パーソナリティ障害」というものがあります。
このような人は、「自我」が最初から一貫性を保てず、「スキーマ」から「認知のゆがみ」が現れやすくなっています。
俗名のアダルトチルドレン(AC)も、子供時代の問題が原因となって「自我」が弱まっています。つまり、「パーソナリティ障害」と同じ状態となります。
これが原因となって「認知のゆがみ」が現れやすくなり、うつ状態になりやすくなります。
「パーソナリティ障害」や「AC」は、もともと自我の機能が弱体化しているので、うつ病とは多少違う症状になります。
[speech_bubble type="think" subtype="L1" icon="ke.jpg" name="著者A“]自我が弱いだけだと本能や道徳観のどちらかが交互に強く現れたりして、支離滅裂となるときも[/speech_bubble]
たとえば、責任転嫁、攻撃的行動、強い衝動性、激しい感情の起伏、現実に対する自分本位で身勝手な解釈、記憶の歪曲や脱落などが現れます。これらは、うつ病ではほとんど見られない症状です。
精神的エネルギーがなくなってしまう「うつ病」とは違い、その行動は、時にエネルギッシュです。そのため周りが、振り回され、へとへとに疲れきって、周りの人の方がうつ病になってしまうこともあります。
スキーマを変えていく方法
これらに対しては、「認知のゆがみ」を、正常な認知に修正しつつ、問題となる「スキーマ」を少しずつ変えていくようなアプローチが必要になります。
たとえば、「コラム法」という方法があります。これは、日常生活のなかで、ストレス要因となるような出来事に対して、どのような「認知」が起きたかを記述していき、それを見直していきます。
[speech_bubble type="think" subtype="L1" icon="me.jpg" name="著者A"]実際にやると、すごくエネルギーを使います。[/speech_bubble]
実際にやると、大変エネルギーを使います。
この方法が、ABC理論の演習としてレジリエンストレーニングに取り入れられています。(この手法はアルバート・エリスのものですが)
ただ、実際のうつ症状の人が、「認知のゆがみ」と結びつく「スキーマ」について、自分自身で演習を通じて理解したり納得したりしても、実感や安心感は得られません。
何故なら、うつ症状の人は、自分自身を否定的にとらえるため、本当にそうなのか実感が持てないという状態にいるからです。
レジリエンストレーニングへの応用
レジリエンストレーニングでは、「認知のゆがみ」の中でスキーマとあまり深く関わりすぎず、しかし、日常に陥りがちな非生産的で非合理的なものを「思考の罠」として、自分の前頭葉で考え直し、再評価できるよう演習を組み立て、実施しています。
<思考の罠>元の上段に帰る
1.結論に飛びつく
2.ネガティブに焦点を当てる
3.悪いことの拡大化
4.原因は自分と決めつける
5.原因は外にあると決めつける
6.今の(悪いことが)いつも起こり、すべてに通じる
7.人の心を読む(思い込む)
8.感情をもとに解釈する(例:試験が終わったら気分が爽快。だから試験も上手くいった)
この演習は、コラム法や自動思考のメモ取り、スキーマの推測という作業を専門家の支援なく実施できます。
そして、より簡単に、普通な方々が、精神的エネルギーが落ちた時に「陥りがちな自分の思考」に気づいておくという演習です。